未来といのち沿革

『知ってほしい いのち達のこと』

震災直後から2-3年間、多くの動物が苦しみ生きていた頃の現場からの想い  

崩れたままの家屋、双葉町
崩れたままの家屋、双葉町

第1章

2011年3月11日、東日本大震災、原発事故。福島は変わりました。
放射能で住めなくなった地域ができました。
でも、そこには、人の心もふるさともあります。
たくさんのいのち達がいます。
故郷を取り戻そうとする人も、残されたいのち達を助けようとする人もいます。
私たちは、変わってしまった福島の避難地域で、残された犬や猫を世話してきました。
たまたま、そこで見たり聞いたり感じたりしたこと、人や動物や自然の様子を、いのち達からのメッセージとして伝えていきたいと思います。
そして、関心を持たれた方に、命あるものの未来を考えてほしいと思います。

第2章

福島での活動は、人のいない町や里で、自然との調和をとるためにはどうしたらよいかも探ります。
人間が、責任を果たしながら、心や命や、形のない大切なものを守れるように、未来に伝えられたらと願います。
また、福島県は広く、放射能に汚染されていない安全な場所も多くあることを知ってください。

『震災からNPO設立までの考え』

第1章

ペットたちをたすけながら、事実を伝えていくこと誰も何もしないより、誰かが何かをしたことを残したい。

立ち入り禁止区域に残され、多くの人達の思いと行動で助かった犬の一家
立ち入り禁止区域に残され、多くの人達の思いと行動で助かった犬の一家

歴史的な事件では、時がたてば概略的なことだけが残りがちです。
弱い立場の視点から現実を見て、伝えます。
生命を大切にするためには、いのち達を助け続けることが必要です。
誰も何もしないより、誰かが何かをしたことを残したい。
原発事故で沢山の人の心が傷つき、沢山の命が失われました。
避難の時、強制的にペットや家畜を置き去りにさせられ、理不尽と思った心の傷は消えないでしょう。
家族としての犬や猫が、行方も分からなくなり、餓死しました。
家畜もおなじです。彼らを助けに行くことは許されませんでした。
しかし、少数ですが、助けに行くことができた人達がいました。
誰も何もしなかったより、誰かが何かをしたことが、傷ついた心の救いにはならないでしょうか。

弱い者を助け続けることで、子供たちに、将来、不条理で困難な現実にも、あきらめずに立ち向かえる勇気を伝えらえないでしょうか。
子供たちを放射能の高い地域に連れていけません。
今回の出来事を次の世代に伝えないとなりません。
子供たちや若者には、心のある、個々の命が尊敬される世界を作り、生きてほしいと思います。
人間のよくない部分がひき起こす悲しいことがあります。
原発事故の現場にはたくさんの教訓があります。
それを子供たちや若い人にも伝えたい。
しかし、放射能の高い場所に子供たちを連れていけません。
私たちが、動物を世話しながら見てきたことは、弱い者の視点です。
個人としての誰にでも起こりうる事です。
その時の記録を放射能の影響のない地域で、提供したいと計画しています。
その記録から、何かを感じ取ってもらいたいと思います。
他者の苦しみを、“自分だったら”と想像できる心。
よいことと悪いことを考えられる人たちに、未来を作ってほしいと思います。

第2章

福島県内に資料館と被災ペットの保護施設を併設する計画

捕獲器で保護された猫
捕獲器で保護された猫

避難地域やそれ以外の福島県内から持ち寄った、原発事故でおきた事実を(静止画・動画や体験談など)保存、閲覧できる施設。
原発事故の証人でもある被災ペットの終の住まいとなる保護施設の併設を計画。

人の住んでいない地域から保護したペットたちやその子孫は、家がありません。
里子に出せない病気や人を怖がる個体も多くいます。
そのような犬や猫は、野生動物ではありませんから、彼らが幸せに暮らせる保護施設を作ってあげたい。
原発事故の証人でもある被災ペットやその子孫を見ながら命に起きた現実を想像できる施設にしていきたいと私たちは思います。

第3章

未来といのちの原動力と出会い。NPO設立まで。

動物病院で里親希望者を待つ犬
動物病院で里親希望者を待つ犬

2011年3月11日、福島第一原発事故直後から、放射能が高い地域で、活動してきたメンバーが自然と合流しました。
はじめは、放射能の影響を懸念して福島県の物流が途絶えていると知り、お菓子などの物資を運ぶなど動物救済が目的でない者もいました。
何かできることはないかと、現地に出向いた者たちは、人のいない地域で、腹を空かしたペットや家畜がさまよう光景を目にしました。
命あるものを助けたい、少なくとも苦痛から救いたいたいという思いが、それぞれの共通した原動力です。
そして、出会った被災者の方達とともに、避難地区に残された動物達に心を痛めて、人的な支援にも繋がるようにと伴侶動物の救援の協力を続けていました。
被災した方と奉仕者の出会いのなかで、ここでの個人の被災体験を伝えることは他の地震や津波などの減災の参考になり、伴侶動物の救援の継続は被災者の心の支援になるとともに、次世代へ命の大切さを伝えることができることを共に知り、被災体験やここでおきている事を伝え、ペットを救済してより人にやさしい減災に役立つことを話し合い約1年をかけて2015年に福島県よりNPO法人未来といのちを設立しました。