いのち・福島第一原発の事故で(No4)

・人の住めなくなった街です。 ・残された犬や猫、家畜は水や食料を探していました。  病院の門には患者さんを運んだ時のままベットが放置されていました。

・事故原発から半径20KMでは、警備や原発関係者以外の人の出入りが厳しく制限されました。 住民は2~3か月に1回程度の帰宅が許可されましたが、時間が短かくて、残したペットや家畜の世話はほとんどできませんでした。                放射能の高い物を捨てる場所がなくて、家の中も町も地震や津波の後のまま。

・逃げた遊園地のダチョウや、家畜の牛・豚は、国の指示で囲いに戻されていきました。 そしてほとんどが薬で処分され、または、水や食べ物を与えられずに死んでいきました。(理由の説明は別の時にします。研究のためや、文化財として助かった家畜もいました)。

・人も避難先の病院で放射能に汚染されているからと受診を断られた事もあったそうです。

(2011年8月~2012年9月・福島第一~半径20Km.写真は住民からも提供されています)